大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所倉敷支部 昭和45年(ワ)16号 判決 1973年11月15日

原告

藤井英士

ほか二名

被告

小原勝

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して、原告藤井英士に対し金六四万一、一六七円およびこれに対する昭和四五年二月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは連帯して、原告岡山県西部ヤクルト販売株式会社に対し金一八三万一、二九八円およびこれに対する昭和四六年九月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告藤井英士、同岡山県西部ヤクルト販売株式会社の被告らに対するその余の請求ならびに原告協同組合岡山ヤクルト工場の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。

四  訴訟費用は

原告岡山県西部ヤクルト販売株式会社と被告らとの間、ならびに原告協同組合岡山ヤクルト工場と被告らとの間においては、いずれも各自の負担とし

原告協同組合岡山ヤクルト工場と被告らとの間においては、被告らに生じた総費用額の各三分の一を原告協同組合ヤクルト工場の負担とし、三分の二を被告らの負担とし、その余(原告協同組合ヤクルト工場支出分)は同原告の負担とする。

五  この判決は、第一項、第二項に限り仮に執行することができる。

六  ただし、被告らが、第一項について金四〇万〇、〇〇〇円の担保を供するとき、第二項について金一二〇万〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれ右第五項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告らの請求の趣旨)

1  被告らは各自、原告藤井英士(以下原告藤井という)に対し金一八八万一、八一七円、原告岡山県西部ヤクルト販売株式会社(以下原告会社という)に対し金三一九万〇、〇〇〇円、原告協同組合岡山ヤクルト工場(以下原告組合という)に対し金三三万〇、〇〇〇円および右各金員に対し昭和四五年二月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告らの答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

とする判決ならびに被告小原勝(以下被告小原という)は、敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

一  交通事故の発生ならびにその結果

1 日時 昭和四四年三月七日午後五時三〇分頃

2 場所 岡山県浅口郡里庄町里見国道二号線上

3 事故の態様

原告藤井が普通乗用車を運転して東進中、先行車が停車したためそれに従つて停車したところ、そのうしろから追従してきていた被告小原運転の貨物自動車が、被告小原の車間距離不保持ないし前方不注視の過失により、右原告藤井の車両に追突した。

4 原告藤井の受傷の程度

右追突により、原告藤井は頸部挫傷(鞭打傷)の傷害を受け、いまだに全治しない。

二  被告らの賠償責任原因

本件事故は、被告小原の前記第一項3記載の過失により発生したものである。また、被告小原は、被告会社の従業員として、被告会社の業務に関して本件車両を運転しており、被告会社は、被告小原が会社の業務を遂行するにあたり本件加害車両をいつも利用させていたのであるから、本件加害車両を自己のために運行の用に供していたのである。したがつて被告小原は民法七〇九条により、被告会社は自賠責法三条ないしは民法七一五条により、本件事故により生じた損害につき連帯して賠償すべき責を負う。

三  原告藤井の損害

1 治療費および治療関係経費(五三万一、八一七円)

(1) 三七万一、四七七円 川真田病院への昭和四四年六月二一日支払

(2) 八、九二〇円 同病院支払

(3) 二、〇〇〇円 川真田病院診断書手数料

(4) 一万〇、四〇〇円 倉敷中央病院への昭和四六年一月一九日支払

(5) 四、六〇〇円 吉岡整骨院への昭和四四年九月二四日から一〇月一〇まで一五回分の支払

(6) 三、〇〇〇円 右吉岡整骨院へ通院汽車賃(鴨方、福山間一五往復)

(7) 四、〇〇〇円 吉岡整骨院への通院タクシー代(福山駅から整骨院まで一五往復)

(8) 三、四五〇円 吉沢治療院への昭和四四年八月二日から一一月二六日までの間の九回分のマツサージ代支払

(9) 一、六七〇円 昭和四四年九月四日の岡山労災病院精密検査費用二七〇円、鴨方、岡山間往復汽車賃二八〇円、岡山駅、病院間タクシー代一、一二〇円

(10) 三、〇〇〇円 退院後、昭和四四年一二月末日までのアンマ代一五回分

(11) 五、八〇〇円 物療代一一回分

(12) 五万〇、〇〇〇円 電気治療器代

(13) 五万〇、七〇〇円 入院日の雑費(昭和四四年三月一七日から同年七月三一日までの一三七日間ならびに同四五年一一月一〇日から同年一二月一一日までの三二日間の計一六九日につき、一日三〇〇円の割合による。)

(14) 一万二、〇〇〇円 入院中(昭和四四年三月二五日から同年七月三一日まで)のテレビ借賃

2 慰謝料 一八五万〇、〇〇〇円

原告藤井は、本件事故による鞭打症のため、入院、通院をくりかえしている。入、通院の状況はつぎのとおりである(入院合計日数一六九日)。

通院 昭和四四年三月八日から同月一六日まで

入院 同年三月一七日から同年七月三一日まで

通院 同年八月一日から昭和四五年一一月九日まで

入院 昭和四五年一一月二〇日から同年一二月一一日まで

通院 同年一二月一二日から昭和四六年一二月末日まで

(1) 五七万〇、〇〇〇円 入院一ケ月一〇万〇、〇〇〇円の割合による。

(2) 五〇万〇、〇〇〇円 通院四八八日間につき、一ケ月五万〇、〇〇〇円の割合による。

(3) 四八万〇、〇〇〇円 後遺症一二級の認定をされたので、後遺症に対する慰謝料として昭和四六年一月以降二年間、一ケ月二万〇、〇〇〇円の割合による。

3 損害の填補

原告藤井は自賠責保険により五〇万〇、〇〇〇円の支払いを受けているので、前記1、2の合計額からこれを差し引くと、現在の損害額は一八八万一、八一七円となる。

四  原告会社の損害

原告藤井は、原告会社の常務取締役であるが、同社に常勤しており、常勤者として事故当時、同社より月額一四万五、〇〇〇円の給与を得ていたところ、本件事故により、欠勤のやむなきに至つた。原告会社としては、原告藤井に対し欠勤中の給与を支払うべき義務はないのであるが、原告藤井の生活上の困窮をみかね、役員間で協議のうえ被告らにかわり、欠勤の間も、右給与を支給してきた。原告藤井は、昭和四四年三月八日から、四六年一月七日までの二二ケ月欠勤しており、この間に支給した給与の合計額は、三一九万〇、〇〇〇円である。

五  原告組合の損害

原告藤井は、原告組合の理事であるが、事故当時、同組合より月額一万五、〇〇〇円の給与を得ていた。ところが本件事故により欠勤のやむなきに至つた。原告組合としては、欠勤中の原告藤井に対し給与を支払うべき義務はないのであるが、原告藤井の生活上の困窮をみかね、被告らにかわり、役員間で協議のうえ、欠勤の間も右給与を支給してきた。欠勤期間は前記第四と同様であり、この間に支給した給与合計額は三三万〇、〇〇〇円である。

六  原告会社ならびに原告組合の被告らに対する請求の法的根拠は、被告らに対する事務管理による費用償還請求権の行使、あるいは、原告会社ならびに原告組合の原告藤井に対する事務管理にもとづく償還請求権の保全のため、原告藤井の被告らに対する損害賠償請求権の代位行使、あるいはまた不当利得返還請求権の行使であり、いずれにせよ、被告らに支払義務があることは明らかである。

七  よつて、各原告は、被告らに対し、(原告らの請求の趣旨)記載のとおりの各元金ならびに遅滞の日の後の日であることが明らかな昭和四五年二月三日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(原告らの請求の原因に対する被告らの認否および反論)

一  原告らの請求原因第一項の1、2の事実は認める。同3の事実中、被告小原運転車両が原告藤井運転車両に追突したことは認めるが、その余は争う。同4の事実は不知。

二  同第二項の事実中、被告小原が、被告会社の従業員であること、その業務の遂行中に本件事故が発生したことは認め、その余の事実は争う。

三  同第三項の事実中、自賠責保険金五〇万〇、〇〇〇円が支払われたことを認め、その余の事実はすべて不知又は争う。

四  同第四項ないし第六項の事実はすべて争う。

原告藤井は、原告会社や原告組合に多額の企業投資をしており、その配当だけでも生活費を賄い得るのであつて、原告ら主張のように原告藤井が生活上の危機に直面したとはとうてい考えられない。従つて、原告藤井の窮乏を前提とする事務管理、代位請求権の行使、不当利得等いずれの構成によつても、原告会社及び原告組合の請求を正当化しうるものではない。

原告藤井は、原告会社及び原告組合の役員である。したがつて、原告会社及び原告組合が原告藤井に支出した金員は、原告藤井が本件事故に会わず、病気で欠勤していても当然支出すべき金員であり、原告会社及び原告組合が、団体としての組織上予想し準備していた金員である。原告会社及び原告組合が被告らに対して損害として請求しうべき金員が仮にあるとしても、それは、原告藤井に支出した金員そのものではなくして、原告藤井に金員を支出したにもかかわらず、その反対給付である労務等の提供を受けられなかつたことによる損害でなければならない。

五  過失相殺の主張

本件追突事故は、被告小原に過失があつたとしても極めて軽微であり、原告藤井にも過失があつたのである。すなわち、原告藤井は、本件現場付近の運行車両が輻輳しているという交通事情を無視し、必要もないのに道路中央付近で不用意な急停車を敢行したもので、本件事故が原告藤井の安全運転義務違反に起因するものであることは明らかである。

この原告の過失を、損害の算定にあたつて考慮すべきである。

六  原告藤井は、本件損害の填補として、自賠責保険金五〇万〇、〇〇〇円のほかに、同じく後遺症補償費として、三一万〇、〇〇〇円をすでに受領しているから、これも、控除すべきである。

(被告の反論に対する原告の認否)

一 被告らの過失相殺の主張は争う。本件事故は、被告小原の一方的過失に起因するものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生・責任原因

(一)  〔証拠略〕を総合すると、つぎの事実が認められ、この認定を妨げるに足る証拠はない。

昭和四四年三月七日午後五時三〇分頃、被告小原は普通貨物自動車(岡4は4141)を運転し、岡山県浅口郡里庄町里見の国道二号線上を東進中、時速約五〇キロメートル、前車(原告藤井運転の車両)との車間距離五メートルで約一キロメートルの間、まさか前車が急停車することはあるまいと思いながら前車に追従したが、前同所四、一七八の一番地付近に至り、前車が急停車したため(前車は、さらにその先行車二、三台が急停車したため、それに従つて急停車せざるをえなかつたもの)、あわててハンドルを左に切りブレーキを踏んだが間に合わず、前車すなわち原告藤井運転車両の後部に自車を追突させ、藤井に頸部挫傷の傷害を負わせた。これは、被告小原が時速五〇キロメートルで進行しながら五メートルの車間距離しかとらなかつたという車間距離不保持の過失に起因するものである。

(二)  ところで、被告らは、被告らの反論第五項において、本件事故については、原告藤井にも過失があつた旨主張する。しかしながら、被告らの主張する事実を認めるに足る証拠はない(原告藤井が停車したのは、前記(一)で認定のとおり、原告藤井の先行車二、三台が急停車したためそれに従つて急停車せざるをえなかつたからである。)。

よつて、後記第三以下の損害額の算定にあたり、過失相殺はなしえない。

(三)  右(一)のとおりであるから、被告小原が原告主張のように民法七〇九条により、本件事故により生じた損害につき賠償責任を負うべきことは明らかである。

つぎに、被告会社の責任についてであるが、被告小原は、被告会社の従業員であること、本件事故が、被告会社の業務の執行中に発生したものであること、は当事者間に争いがなく、また、〔証拠略〕によれば、本件事故車両は被告小原の所有であるとはいえ、被告小原はいつも会社の用事にこれを使用していたこと、被告会社は、被告小原に対し、これまでも、本件加害車両の使用料として金員を支払つてきていること、が認められるのであつて(この認定に反する証拠はない。)、これらの事実関係からすれば、被告会社は、本件加害車両につき、「自己のために自動車を運行の用に供する者」としての立場にあるものと評価すべきである。したがつて、被告会社は、被告小原による本件交通事故につき、自賠法三条により、その損害の賠償責任を被告小原と連帯して負わなければならない。

二  原告藤井の損害

(一)  治療費および治療関係経費

〔証拠略〕を総合すると、原告藤井はつぎのとおり金員を支出し、これが、本件事故と相当因果関係のある損害と認められ、この認定を妨げるに足る証拠はない。

(1)  三七万一、四七七円 昭和四四年三月八日から同年六月二〇日までの川真田医院への入院治療代及び診断書代等

(2)  二、〇〇〇円 昭和四四年六月二一日から昭和四五年一一月九日までの診断書及び診療費明細書交付手数料

(3)  八、九二〇円 昭和四四年六月二一日から昭和四五年一一月九日までの川真田医院への入、通院治療費

(4)  一万〇、四〇〇円 昭和四五年一一月一〇日から昭和四六年一月八日までの間の倉敷中央病院への入通院治療費

(5)  一、六七〇円 昭和四四年九月四日の岡山労災病院での精密検査費用二七〇円、鴨方岡山間往復交通費二八〇円、岡山駅、病院間タクシー代一、一二〇円

(6)  五万〇、七〇〇円 入院雑費(昭和四四年三月一七日から同年七月三一日までの川真田医院への入院期間一三七日間、ならびに昭和四五年一一月一〇日から同年一二月一一日までの倉敷中央病院への入院期間三二日間の合計一六九日間につき、一日三〇〇円の割合による。)

(7)  六、〇〇〇円 入院中(昭和四四年三月二五日から七月三一日まで)のテレビ借賃。テレビの借賃は、いわば入院雑費に含めて評価すべきものである。(6)において入院雑費を一日につき三〇〇円と認めたので、テレビの借賃として独立に計上しうる金額は、現実に支出した一万二、〇〇〇円のうちのせいぜい五割にあたる六、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(二)  ところで、原告藤井は、請求原因第三項の1の(5)(6)(7)(10)(11)(12)において、整骨院への支払費用やマッサージ代、アンマ代、電気治療器具代等を損害として請求している。たしかに、〔証拠略〕によれば、原告藤井の請求原因第三項の1の(5)(6)(7)(10)(11)(12)のとおり、金員を支出したことが認められるのであるが、同じく、右証拠によれば、これらマッサージやアンマ等は、いずれも後記(三)で認定の川真田医院、ないしは倉敷中央病院への通院期間中にこれら病院での通院治療と併行してなされたものであることが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

このように、医師による治療を受けている期間内において、これと重複して別途マッサージ、アンマ等を行ない、また自宅で電気治療器具を使用した場合等には、医師が必要と認めて、その指示ないしは承諾のもとに行なつたものであるときにはじめてその支出を事故と相当因果関係のある損害として評価しうるものと解すべきである。本件においては、結局、これらの支出を、事故と相当因果関係があるものと認めるに足る証拠はない〔証拠関係略〕証人川真田幸(二回)の、マッサージ等の治療については、自分は原告藤井に全然指示をしていない旨、また、従前の疼痛等が依然として継続していたからマッサージ等によつて効果があつたとも思えない旨の証言にてらすと、原告藤井本人(一回)の川真田医師の紹介をもらつて行なつた、との趣旨の供述は、にわかには採用できない。)。

(三)  慰謝料

1  〔証拠略〕を総合すれば、つぎの事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

原告藤井は、本件追突事故により頸部挫傷(靱打症)の傷害を受け、頸部の運動障害と疼痛が続き、そのため、つぎのとおり入院と通院をくりかえした。

通院 昭和四四年三月八日から同月一六日まで(川真田医院)

入院 同年三月一七日から七月三一日まで(川真田医院)

通院 同年八月一日から昭和四五年一一月九日まで(川真田医院)

入院 昭和四五年一一月一〇日から同年一二月一一日まで(倉敷中央病院)

通院 同年一二月一二日から昭和四六年一月八日まで(倉敷中央病院)

そして、昭和四六年始め頃には、頸部ならびに左上肢に頑固な神経痛様の疼痛を残して症状が固定したものとみなされ、労働者災害補償保険の級別の一二級に該当するものとされた。

2  右のような経過をたどり、原告藤井が多大の精神的苦痛を蒙つたことは容易に推認しうるところである。先に認定してきた本件事故の態様治療経過、後遺症の内容等諸般の事情を総合し、本件事故により原告が蒙つた精神的苦痛を金銭に評価すると、一〇〇万〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  損害の填補

(一)と(三)において認定した治療費等と慰謝料を合計すると、一四五万一、一六七円となるが、すでに原告藤井が自賠責保険五〇万〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがなく、また〔証拠略〕によれば、後遺症補償としてさらに三一万〇、〇〇〇円を受領していることが認められる(この認定を妨げる証拠はない。)ので、この合計八一万〇、〇〇〇円を右一四五万一、一六七円から控除すると六四万一、一六七円となる。

これが、原告藤井が被告らに対して現在請求しうる損害額である。

四  原告会社の請求について

(一)  〔証拠略〕を総合すると、つぎの事実が認められ、この認定を妨げるに足る特段の証拠はない。なお、認定事実以外の原告会社が主張する事実については、認めるに足る証拠がない。

すなわち、イ原告会社は昭和四二年一月設立されたもので、資本金一、三〇〇万〇、〇〇〇円、常勤の従業員七四名を擁する乳酸飲料の販売等を目的とする株式会社である。ロ役員として取締役七名(うち藤井敦実が代表取締役)、監査役一名がおり、原告藤井は会社設立以来常勤の取締役として営業を担当してきた。ハ会社役員全員は、昭和四五年二月二八日の改選時に、いずれも重任した。ニ原告藤井は、原告会社に対し一三〇万〇、〇〇〇円の出資をしている。ホ原告藤井は昭和四四年三月九日以来、昭和四六年一月中旬まで会社を欠勤した。ヘ原告会社は、役員間で協議のうえ、被告らにかわり原告藤井の欠勤中、生活費として、原告藤井に対し欠勤前に支給していたと同額の金員を給与の名目で支給を続けてきた。ト一ケ月の基本額は一四万五、〇〇〇円であり、実際には、これから各種社会保険料、税金等を控除した額が支給された。昭和四四年三月八日から昭和四六年一月七日までの二二ケ月間に合計二六一万六、一四〇円の金員が原告藤井に支給された。チ右金員の支給は、原告会社の就業規則によるものではない。原告藤井は役員であるため就業規則の適用はされていない。リ原告藤井は従前より、原告会社からは役員報酬という名目で金具の支給を受けたことはない。との事実が認められる。

(二)  右認定のとおり、原告会社は、被告らにかわり、原告藤井に対し、昭和四四年三月八日から昭和四六年一月七日までの二二ケ月間、毎月一四万五、〇〇〇円から社会保険、税金を差引いた金額を支給してきており、その合計額が、二六一万六、一四〇円となつたのである。

ところで、本件のように、原告会社が、被告らにいわば肩代りして支払つた場合には、当裁判所は原告会社と被告らとの間に事務管理の関係が成立するものとし、原告会社から、被告らに対する償還請求を認むべきであると解する。ただし、原告会社が原告藤井に支給したいかなる金員も償還の対象とすることはできない。もし、原告藤井が原告会社から支給されていないと仮定した場合、原告藤井において、本件傷害と相当因果関係のある逸失利益として被告らに対し請求しうる金額の限度においてのみ、管理者たる原告会社が本人たる被告らのために有益なる費用を支出したものとして、原告会社から被告らに対する償還請求を認むべきである。

(三)  そこで、原告藤井が原告会社らか前記認定の金員の支給を受けていなかつたと仮定した場合、はたして原告藤井は、本件事故による(すなわち本件事故と相当因果関係のある)逸矢利益としてこのうちどの程度の金額を被告らに対して請求しうるものか、を吟味することにする。

右(一)に認定のとおり、原告藤井は、原告会社の資本金の約一割を出資しているものであり、昭和四二年に原告会社が設立されて以来、取締役の地位にいるものである。営業担当の常務であり、いわゆる外まわり的な肉体労働をもしていたとはいえ、原告会社は、常勤の従業員だけでも七〇数名を擁するかなりの規模の会社なのであるから、原告藤井に対する給与(従来より役員報酬との名目での金員の支給をしていないこと、会社の就業規則を適用していないこと、からすれば、実質は役員報酬であろう。)は、やはり原告藤井が原告会社に提供する経営の企画等の精神的、知的労務に対する対価としての比重が、かなり大きいものとみるべきである。したがつて、現実に出勤しなくとも各種の意思伝達機関の利用により、原告会社に対し、ある程度の寄与は期待できるものというべきである。

なるほど、原告藤井は、本件事故の後、約二年間原告会社を欠勤したわけであるが、その間、右のような、精神的、知的労務の提供までまつたく不可能であつたと認めるに足る証拠はない(昭和四四年三月七日の事故以来、約一年間欠勤を続けた原告藤井を、翌四五年二月の役員改選時に重任していることは、欠勤をしていても取締役としての任務をある程度尽せたことを示すものというべきであろう。)。

また、前記第三の(三)において認定したとおり、原告の後遺症は、頸部及び左上肢に神経痛様の疼痛を残すというものであり、一二級にあたると判定されたのである。〔証拠略〕によれば、受傷以来、症状が固定したとされた昭和四六年始めまでの間、頸部の運動障害ならびに疼痛は軽快し、改善されてきたとはいうものの、同じような症状が継続しており、格段の変化はなかつたものであることが認められる。すなわち、症状固定時と治療時とであまり症状に変化がなかつたわけであり、前記認定の入通院の状況をも考慮すると、治療時の症状は、重くみても、せいぜい自賠法施行令第二条別表九級一四号の「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」にあたる程度であつたであろうと推認しうるのであつて、受傷直後から、症状が固定したとされる昭和四六年始めまでの約二二ケ月間にわたる治療期間を通じ、客観的にみて、まつたく取締役としての就労が不能であつたとは、とうていなし難い(ちなみに、九級の労働能力喪失率は一〇〇分の三五とされているのである。たしかに、これは症状固定後の後遺症段階での労働能力の喪失率であるから、治療期間中の労働能力の喪失の程度をこれと同様にみるわけにはいかないが、治療期間中と固定後であまり差異のみられない、いわゆる鞭打症の場合においては、一つの重要な「めやす」となることは明らかである。)。

このような諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告藤井の逸失利益としては、前記認定の二六一万六、一四〇円のうち、せいぜいその七割にあたる一八三万一、二九八円と認めるのが相当である。

(四)  以上のしだいで、管理者たる原告会社が原告藤井に支給した金員のうち、客観的にみて、本人たる被告らのために有益なる費用とみなしうるのは一八三万一、二九八円であるから、この限度で、原告会社の被告らに対する償還請求は理由がある。(なお、被告らは原告会社の請求を争そつているわけであり、その意味では、本人の意思に反して管理をなした場合にあたるかもしれないが、原告会社の原告藤井に対する右の限度での金員の支出により、本人たる被告らが現に利益を受けていることが明らかであるから結論には差異は生じない。)

なお、原告会社主張の他の法律構成によつても、右認容額を超える部分につき、被告らに支払義務を負わせることはできない。

五  原告組合の請求について

(一)  〔証拠略〕を総合すると、つぎの事実が認められ、この認定を妨げるに足る証拠はない。なお、認定事実以外の原告組合の主張事実については、前掲証拠中これにそう部分はにわかには採用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

すなわち、イ原告会社は乳酸飲料の製造等を目的とする協同組合であり、その製品の販売会社たる原告会社の役員等が出資者となつている。出資金は約二、四〇〇万円である。ロ原告藤井は、昭和三八年頃から原告組合の非常勤理事をしており、また、一二〇万円位の出資者でもある。ハ非常勤理事は、毎月一回の役員会に出席する程度である。原告が役員会に出席できなくても運営には支障をきたさなかつた。ニ原告組合は、昭和四四年三月から昭和四六年一月七日までの間に従前どおり、毎月一万五、〇〇〇円から所得税のみを差引いた金員の合計三〇万六、九〇〇円を給与の名目で原告藤井に支給してきた。ホ原告組合には従業員が四〇数名おり、就業規則等も存在するが、原告藤井は就業規則の適用を受けていない。との各事実が認められる。

原告組合は、給与の名目で原告藤井に支給してはいるけれども、原告組合の構成、原告藤井の組合内における立場、支給された金額が少額であること、所得税のみしか控除されていないこと等右に認定の諸事実を考慮すると、支給した金員は、理事であるいうことに伴つて当然に支払うものであつて、原告藤井の組合に対する精神的、肉体的労務の提供と対価関係に立つ性質の金員とは認め難く、本件程度の入通院治療を継続したことにより支払いが停止されるような性質のものとはとうていいえない。すなわち、原告組合が原告藤井に右のように金員の支払いを継続しても、原告組告、原告藤井、被告らの三者間に利得や損失が生じたとはいえず、原告組合の主張するいかなる法的構成によつても、被告らにこの支払義務を認むべき理由はない。

六  以上のとおり、原告藤井の被告らに対する請求は、六四万一、一六七円の支払いならびにこれに対する遅滞の日の後であることが明らかな昭和四五年二月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、原告会社の被告らに対する請求は一八三万一、二九八円の支払いならびにこれに対する昭和四六年九月一二日から(原告会社の請求は、事務管理に基づく償還請求であり、被告らに対する請求によつて遅滞におちいるものと解すべきところ、原告会社の償還請求金額が最終的に確定し、被告らに請求したのが昭和四六年六月二三日付原告らの請求の趣旨訂正申立書によつてであり、これが遅くとも昭和四六年九月一一日(本件の第九回口頭弁論期日)には被告ら本人に到達したと記録上認められるので、その翌日たる九月一二日から認める)支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、原告組合の被告らに対する請求はすべて理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行ならびにその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森真樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例